文章の表現技法
ついには、何も極めないことこそが極めることの真髄になってしまう。そんな感じなのかな?わけわからん。 まあいっしゅの皮肉なのでしょうね。 文章の表現技法としては誇張法とでもいうのかしら。それがたまらなくおかしかった。 例えば、どんなことがあってもマバタキをしないという修行を続けた結果、桐の刃物で目を突かれそうになってもマバタキをしないまでになって、ついには夜中も目をくわっと大きく開いたままで熟睡できるようになれたのだって。ははは。すげー。 さらに、じっと目を凝らしてものを見つめる修行を続けた結果、シラミがだんだん大きく見えるようになって、ついには馬の大きさに見えて、もともとの馬は山ほどの大きさに見えるようになったんだって。はははは。すげーーー。 修行中の主人公がある日奥さんとケンカになって、奥さんに向かって矢を放ったところ、奥さんのまつげ3本を射抜いたのだが、奥さんはそれに気づきもせずまばたきもしなかったのだって。目にも止まらぬハヤワザすぎたのだろうね。 「けだし、彼の至芸による矢の速度とねらいの精妙さは、実にこの領域までに達したのである」とあった。
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